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月の裏側 1
2006 / 07 / 17 ( Mon )
 
月の裏側 1

 
「小島美佳!」

形式的に今日も名前が呼ばれただけで
特に主のいない机を気にする事もなく
そのまま次の生徒の名前が呼ばれ
全員を呼び終えた担任が
静かに名簿を閉じる。

見慣れた光景。

窓際の一番後ろに設けられた彼女の席は
もうずっと長い間空席のままだ。

入学式。
その地元では、かなり名の通った高校の敷地内へ
彼女が足を踏み入れた時、
そこに走った一種異様な空気は

此処に居るべき筈の人間ではないものが、居る。

そういう空気だった。



小島は、荒れていることで有名な中学の出で、
その中でも特に目をつけられていた生徒だったといってもいいだろう。

茶髪というよりは、
脱色を続けるうちに透ける様な金髪になったのであろうそれは
まるで人形の髪かなにかのようで、
風にゆらゆらと頼りなく揺れる様が、彼女の生き方そのものに思えると
ある教師がため息混じりに呟いていたのを、啓祐は記憶している。


彼女は中学2年生の中頃から、既に殆ど学校には通わなかったらしい。

特にイジメのようなものがあったわけではなさそうだが
陰湿であるイジメというものは、表面化しないから陰湿なのであって
真実はおそらく、彼女と彼女に直接的に係わった者だけが
知るところなのだろう。


そんな美佳が、評判の進学校に入学した。


何かの間違いだろうと、誰もが訝った。

受験させたのは、当時美佳の担任だった音楽担当の教師だったという。


主要科目以外の教師ならではの暴挙が快挙に変わった瞬間だと
一部の教師の半ば差別的嘲笑を含む賛辞の中、
合格の報告に久々に学校を訪れた美佳は
職員室にいる全ての教師に向かい、しっとりと微笑んだそうだ。


その微笑みは背筋を凍らせるに充分だったらしいと、
何処かから仕入れてきたらしい噂話を、
友人の佐伯一史が興奮気味に話すのを
啓祐は大仰に驚いては、興味深げに聴く振りをしていたが、

内心は、早く話題が他に移らないかと
そればかりを考えていた。


実は、啓祐は美佳がとても苦手だったのだ。
そしてそれにはある理由があった。


啓祐は、入学して間もない頃、電車の中で美佳に
突然手紙を手渡されたことがある。

最初はラブレターかと思ったのだが
まだ同じクラスになって幾らも経たず
しかも美佳が学校に顔を出したのは、ほんの数回のこと。

啓祐に手紙を手渡したその日でさえ
学校のある駅の2駅手前で突然降りてしまい
そのままその日も学校には姿を見せなかった彼女。

恐らくまだ、美佳にとって自分は
顔と名前すら一致する存在にはなっていないだろうと
啓祐は思ったし
ましてや自分を好きになる理由など皆無であろうと確信した。

啓祐が美佳に向かい、
とりあえず何かを話そうと顔をあげたその時

背後から覗き込んだ佐伯の
「なんだよ、それ、ラブレターかぁ?」という
やたらと大きな声に、啓祐は必要以上に驚き

「そんなんじゃないよ」と答え
慌てて手紙を鞄の中に仕舞い込んだ。


怪しむ佐伯が啓祐を更に追求しようと
鞄の中を覗き込むような仕草を見せ、

大きな声で周りの学生にも聴こえるように
「須藤が女にラブレター貰ったぞ!」と
愉快そうにからかい始めた頃、

それまで黙ってその様子を見ていた美佳が
ふいに、こう言ったのだ。




「ねぇ。月の裏側を見たいとは思わない?」







その不可思議な台詞に、それまでざわめいていた車内は
一瞬でしん・・と静まり返った。

美佳は啓祐と佐伯の顔を交互に見比べている。


佐伯はその絡みつくような視線を振り払うように
顔の前で数度、大袈裟に掌を横に振ってみせ


「生憎、俺たちはおまえとは生きてる世界が違うもので」

と、刺すような視線で美佳を睨みつけたあと
啓祐の腕を強引に引っ張ると、さっさと車両を移動してしまった。


数名がつられて、佐伯と啓祐のあとに続いた。



美佳はその後ほどなくして電車を降りた。
学校のある駅ではなく。

ホームに佇み、電車を見送る美佳を啓祐は見ている。

確かに目が合った。
微かに美香が、自分へと微笑んだような気がして
慌てて視線を逸らせたのだが。



ふと隣を見ると、佐伯もじっとホームを見ていた。
美佳を見ていたのだろうと思った。
いつものおどけた表情とはうってかわって
眉を顰め、醜悪なものでも見るかのように複雑な顔をしていた。



「月の裏側って・・なんのことだろうな」

澱んだ空気を変えようと、啓祐は佐伯に
さきほど美佳が呟いた台詞を話題に上げた。

しかし佐伯はチラリと啓祐を横目で見、
どうでもいいとでも言った感じで、「さぁな」と投げ遣りに吐いたあとで

「頭がおかしいんだろ」と、さっさと話をまとめてしまい
美佳の話題に終止符を打ったのだ。






その佐伯が、それ以降
事あるごとに小島美佳の噂を何処かから仕入れては
啓祐に話して聞かせるようになった。

噂のほとんどは、本当なのか嘘なのか
よく分からないほどに、
あまりに啓祐の現実とはかけ離れた出来事であることが多く

啓祐がどう答えていいものやら迷うような仕草を見せるたびに
佐伯は可笑しそうにゲラゲラと笑い、

「ま、俺らとは無縁の世界の出来事ってヤツだ」と
一方的に話を〆ると、いつもの佐伯に戻るのだった。



そう
美佳の話をする時の佐伯もまた、啓祐にとり、苦手であったのだ。

何処が、と言われると正確に答えることはできないのだが
何処かが、何かが違う気がして、いつも気持ちの悪い灰鼠色をしたものが
胸の中で燻るのを啓祐は感じていた。


美佳は、あれからぷっつりと学校に姿を見せなくなった。







それから数週間が過ぎた頃、ある事件が啓祐の耳に飛び込んできた。

隣町の女子高に通う生徒が水死体で発見されたというのだ。

着衣に乱れがあったらしい。
暴行のあとで殺害され、死体はそのまま池へと放り込まれたと警察は見ているようだと
ワイドショーのレポーターが淡々と小雨降る現場から生中継で伝えている。

よく見るそのコンクリート塀脇の張り巡らされた有刺鉄線。
その先は、
腰のあたりまで鬱蒼と茂る草が蔓延る荒れた空き地が広がり
更に先へと進めば澱んだ沼のような池があることを、啓祐は知っている。

有刺鉄線の一部に抜け穴のようにできた空間があることも。




それは、嘗て、佐伯が教えてくれた。
いつから吸っていたのか、そこで佐伯は煙草に火をつけ
旨そうに煙を吐いた。

手に握り締めたライターが妙に高級そうに見えたので
啓祐が尋ねると、佐伯は「オヤジのを失敬してきた」と笑った。



佐伯はその日、風邪で学校を休んでいた。

まるで代役を務めるかのようなタイミングで、美佳が顔を出した。

教室に入ってきた美佳はそのまままっすぐと
啓祐の席へ向かい歩いてきた。

啓祐は動けない。美佳の目はとても怒っているように見えた。

同時に、泣き出しそうに哀しい眸に見えた。






「ねぇ」と、美佳が啓祐に呟く。




「ねぇ。あの手紙、ちゃんと読んでくれたの?」







啓祐が「あ」という顔をしたのを見た瞬間、
美佳は大きくゆっくりとため息をついた。



啓祐が鞄の奥で縮こまりボロボロになった手紙を
ようやく探し出し取り出したその時には、

美佳の姿はもう教室になかった。


窓から校庭を見ていた女子たちが、ヒソヒソと話す声で
美佳が校門を出ていくのだと分かった。



封筒には淡いピンクの花が添えられていた。
それが美佳のイメージとかけ離れているようで
意外にしっくりくることに、啓祐は戸惑った。


もしかして、これはラブレターだったのだろうか?



その可愛らしい封筒に入っていた便箋が、
広告のような紙であるのを知った時、嫌な風が
啓祐の頬を通り過ぎた気がした。



その紙はスーパーのちらしかなにかのようで
食品や生活用品の写真の下に
均一、激安、広告の品などという文字が並んでいる。


紙は一度折られた形が広げられ
再び今度は便箋に収まるように、四角く折られたようであった。


啓祐はその四角く折られた広告を、開いてみた。

別段これといって、なんの変哲もない広告だったが
ふと右上の日付を見た時、それが入学してまだ間もない
4月上旬のものであることに気づく。

そう、電車の中で美佳が突然
啓祐に手紙を渡したあの日あたりの日付と一致する。



嫌な予感がした。



広告を裏返した啓祐に戦慄が走る。





広告の裏は白無地になっていて、
そこにかすれるような赤錆色の文字で


つ きの うら こ こ からだ し



と、書かれてあった。







啓祐は手紙を制服のズボンのポケットに無造作につっこむと
そのまま席を立ち教室を飛び出し、美佳を追いかけた。




















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