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月の裏側 3
2006 / 07 / 23 ( Sun )
缶飲料のガチャリという音が
静寂を打ち破った。

蓮の季節を過ぎれば、訪れる人も疎らな
この小さな蓮見駅のホームにいるのは
今、啓祐と美佳だけだった。

枕木をジリジリと焦がすような強烈な日差し。
汗がじんわりと背中を伝い落ち
制服のシャツがじっとりと背を撫でる。

美香の細い背も少し汗ばんでいて
白いブラウスに
淡い水色の線が時折映し出されている。

啓祐の鼓動が波打った。




「はい。」


美佳が差し出したのは、緑茶の缶だった。

「コーラって、須藤くんのイメージじゃないから。」

美佳はほんの少し微笑んでそう言うと
勢いよくプルトップを引き抜いて、
それを左手の小指へとすっとはめ、
ゴクゴクと一気にコーラを飲み干した。


「あ・・お金払うよ。」
「いいわよ、そんなの。それより・・」


美佳は、啓祐の隣へと腰を下ろした。



「手紙、まだ持っていたのね。」


啓祐の目の前で、紙飛行機をヒラヒラとさせながら
美佳は少し驚いているといったふうだった。

もう捨ててしまったとでも思っていたのだろう。


「ごめん・・あれからずっと読むの忘れていて・・」

しどろもどろに啓祐が答えるのを
美佳はじっと見ていたが、「そう」と言ったきり口をつぐんだ。



長い長い沈黙が、再び2人の間を包み込む。

狂ったように啼くクマゼミの声と
時折上空をプロペラ機の旋回する音がパラパラと響いた。


「あの・・」 啓祐が口を開いた。

「その手紙だけど・・」



美佳は黙って線路を見ている。
汗が美香の透ける様な金色の髪を、頬に貼り付かせていて
そのせいで、いつもよりも美佳の髪は黄金色に見えた。


「その手紙の文字さ・・」




啓祐はその先を言い澱んだ。

全くバカな想像をしているように、ふいに思えたからだ。

目の前で見事に紙飛行機の完成形を作り出した広告。
その裏に書かれた かすれた文字。


つ きの うら こ こ からだ し



それは、鉄板が赤錆びた時のような色をしていて
この色を啓祐は嘗て何処かで目にしたことがある。

そしてその記憶に今を当て嵌めれば、おそらく・・



「それ、血文字じゃないのか・・」




独り言のように、啓祐の唇から言葉が漏れた。






美佳は微動だにせず、前を向いたままだ。







ホームへと電車が入るのを、アナウンスの無機質な声が告げる。
ほどなくゆったりと鉄の塊が滑り込んできた。

数名の乗客が、車内の快適さに後ろ髪をひかれるようにして
大儀そうに電車を降りた。


目の前を通り過ぎていく人々を、美佳は虚ろな目で見つめている。





「だから・・」と、美佳の唇が微かに動いた。




「だから、私を・・追いかけてきたんでしょ?」









それは図星だった。

あの時、教室で広告の紙を裏返し
そこに赤錆色の11文字を見た瞬間、啓祐の全身を貫いた衝撃は
理屈ではなかったのだ。


血文字は、中学3年生の頃
ちょっとしたブームになったことがあった。
好きな人に想いを伝えるのに、
自分の指先にカッターで少しだけ傷をつけ
滴り落ちる鮮血で手紙を書く。

誰がやり始めたのか定かではない、この性質の悪いラブレターを
佐伯が一度、公開的にクラスメイトの前で披露したことがあるのを
啓祐は憶えていた。


それは、他校の女子生徒から
学校の帰りに手渡されたものだと、佐伯は自慢げに話していた。


ほどなくその子とつきあうようになった彼は
他の手紙は捨ててもその手紙だけは持っていたようで

やがて2ヶ月ほどが過ぎた頃、啓祐は再びそのラブレターを
唐突に佐伯から見せられたのだ。



「用済み」 


佐伯はその時、そう言った。
女と別れた時に、佐伯がよく口にする表現だった。



クラスメイトに公開した時には、
まだ幾分鮮やかな紅色をしていた文字は
もうところどころ判別不可能なほど、薄くなっていて
既に紅色というよりは、茶褐色に近い色をしており

それは何故だか、よりいっそうに人の血液を連想させ
啓祐の心に不快な感情を運んだ。


「なんか、しつこくてさ。その女。
 メールくれだの。もっと会いたいだの。
 キスしてだの、抱いてだの。」



佐伯の台詞もまた、その時の啓祐にとって不快に思えたのは
佐伯がニヤニヤと笑いながらその台詞を吐いていたからだった。


おそらく、いつもの悪い癖だろうと啓祐は思った。


佐伯は一度、女と関係を持ってしまうと
その後すぐに飽きてしまい、
別れられるようにあらゆる手段を用いては
女を簡単に捨ててしまうらしいという
一部クラスメイトの間で流れているよくない噂を
啓祐もまた、耳にしたことがあったのだ。







気がつけば、美佳が自分の顔をじっと見つめていた。

啓祐はハッとして、「ごめん」と呟く。
そして、続けて「そうだね」と付け加えた。


血文字だと思ったから、自分は美佳を追いかけたのだと思った。


血文字のラブレターと 紙飛行機と  殺人事件と。


遠く隔たりがあるように見えて、
それらは奇妙に一本の線で繋がるような、そんな根拠のない予感を
啓祐は抱いていた。

推理小説が好きで読み漁っていた啓祐だからこその
好奇心もあったのだろう。

それと同時に、この不可思議な広告の手紙を
“小島美佳”という女が
自分に手渡してきたということも、
啓祐の好奇心を大いに刺激した。



思っていたよりも退屈な高校生活。
平凡に繰り返される日常。
眠って、起きて、食べて、勉強して、食べて、そしてまた眠って。


恋も知らない。ましてや女など、まったく未知の世界で。
まともに話したこともこれまでになくて。


学校と家をひたすらに電車に乗って往復するだけの日々に
啓祐は自分で思っている以上に、飽き飽きとしていたのかもしれない。








「・・月の裏側を、見る勇気がある?」









消え入りそうな美佳の声が、目の前を過ぎる蜻蛉の
銀白の翅に吸い込まれ、夏空への青へと高く高く、運ばれていった。












 
 
 
 
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