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月の裏側 6
2006 / 08 / 10 ( Thu )
茜雲が空一面を覆い尽くしていた。
啓祐は駅のホームに立ち、それを見ていた。

影響を受けるかと思われた台風は、
拍子抜けするぐらいに何事も無く啓祐の住む町を逸れていったが、
この奇妙な空は、やはり台風の影響だろうかと
啓祐はぼんやり思った。

それは宗教画に描かれているような黄金色の雲と
燃え立つような紅色が重なり合って渦巻いていて
まるで地震でも起こりそうな、不安げな気持ちにさせる空で

駅にいる人々の中にも、同じように空を見上げている者が数人いて
啓祐は何処かで美佳も、この空を見ているだろうかとふと考えた。

STYLE=

あれ以来、美佳には会っていない。
美佳はあれきり学校には来ず、そのまま夏休みに入った。

佐伯もぷつりと学校に顔を出さなくなった。


美佳の言う通り、佐伯が警察で事情聴取を受けたのだとしても
それにしては、やけに長すぎる不在だった。
啓祐は思い立ち、何度か彼の携帯に電話をかけてみたが
電源を切っているのか、それはまるで繋がらず
自宅の電話のほうはどうかとこれも数回鳴らしてみたが、
一度だけ佐伯の母親が出て、彼が留守であることを告げた後は
一切誰も出ず 留守電にもなっていなかった。


佐伯に現在付き合っている女がいたというのは
啓祐にとり、初耳であった。

クラスメイトの誰も、おそらくは知らないことなのではないかと思った。

もし知っているのだとすれば、
情報通のクラスメイトの加治が黙っているはずはなかったし
佐伯自身が皆に秘密にしているというのも、
なんとなく腑に落ちないものがあった。


なによりも、それを“小島美佳”が知っているということが
啓祐の心の中にドサリとひとつぶんの場所を陣取り、
奇妙な不快感を絶えず齎すのだった。





ホームへと電車が入る。





啓祐は夏休みの間、従兄弟の勉強を見てやることになっており
アルバイト代として普通に稼ぐよりも割高な収入が入ることから
自宅から電車で3駅先の従兄弟宅まで、週に2度通っていた。


更に1駅先へと進めば、蓮見駅がある。
時々、家庭教師の帰り道、反対側のホームへと立ってみたことがあった。

しかし必ず電車を見送り、ため息と共に駅の階段を下り、
自宅方向へ走る電車へと乗り込んだ。


蓮見駅に行けば、美佳がいると決まったわけではない。
あのアパートまでの道程はしっかりと頭に叩き込まれてはいたが。

けれど、あの場所が果たして美佳の家なのかと問われれば
そうだとは答えられなかった。

名簿上の美佳の住所は蓮見駅を最寄り駅としてはいなかったのだ。
事実、美佳は、啓祐たちよりも先に、通学時の電車の車両内に居た。

家は、啓祐の住む町よりも更に一駅奥の駅だと、名簿は記していた。


あの家は誰の家で、あの男は一体誰なのか。

崩れ落ちそうな看板、寂びた手すり、剥がれた壁、シミだらけの天井。
饐えた臭い、男の大声、美佳の悲鳴、腹に走った激痛。


全てがリアルに起こったことなのに、過ぎてしまえば
悪い夢でも見ていたかのように、頼りなく、朧げな記憶と化していく。








つ きの うら こ こ からだ し




啓祐は、例の広告を鞄から取り出した。

陳腐な自分の想像を、あれからも啓祐は何度か考えてみた。



月の裏 此処から 出して




そう考えるのが、一番自然であるような気がした。

けれど、“月の裏”というのが果たして何を指すのか、
“此処から出して”と訴えているのは、一体誰なのか、

それを考えれば考えるだけ、三流推理小説の世界が広がり
啓祐はいつも苦笑して途中で考えるのをやめてしまった。


自分は推理作家にはどう足掻いてもなれそうにない  
啓祐はそう思った。





ふいに着信音が鳴り響いた。啓祐の携帯だ。
啓祐の隣に座っていた会社帰りらしい男が
眠りを妨げられたために、実に不愉快そうな表情で啓祐を睨みつけた。

滅多と誰かから電話がかかるわけではない啓祐は
マナーモード設定というものを使ったことがなかった。

夕暮れ時の静かな車内に、電子音が激しく鳴り響く。


慌てて電話に出る。







電話は、母親からで
急な通夜が入ったらしく、啓祐に
何か買ってくるか、外で食事をしてくるようにと早口で告げると
よほど急いでいたのか、こちらが答えるより先に電話を切ってしまった。


(外で食事と言われても・・な)


美佳と一緒に入った喫茶店のカレーが、ふと頭をよぎった。
もう少し電話が早ければ、
思い切って蓮見駅行きの電車に乗れたものを、と
啓祐はがっかりして思った。

カレーが食べたかったわけではない。蓮見駅に行く口実が欲しかったのだ。


それでもカレーのことが頭に浮かぶと、
なんだかカレーが無性に食べたくなり
駅前のコンビニに入ると、レトルトのカレーをひとつ買った。
飯くらいは家にあるかな、と思ったが、念のためレトルトの米も買っておいた。


店の奥で、緑茶を物色していると、
ガラス越しに自分を見ている人影を感じた。

振り返り、「あ」と、思わず声を上げる。



其処には、佐伯が立っていた。





























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