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月の裏側 7
2006 / 08 / 14 ( Mon )
佐伯はコンビニでスナック菓子を幾つか買うと
コンビニ内ではなく、店を出た後、
小さな酒屋の前に置かれた自販機でビールを数本購入した。

啓祐は酒が飲めない。
飲めないのかどうなのかも本当のところは定かではない。
彼は飲酒というものをこれまでにしたことがなかったのだ。


母親はもう出かけたあとのようで
家には誰もいなかった。
玄関の戸を開けると同時に、むわりとした風が啓祐に襲い掛かる。

彼は慌ててリビングのクーラーのスイッチを入れた。

勢いよく風が吹き出す。



佐伯が買ったビールをとりあえず冷蔵庫に突っ込み
まずは麦茶でも出そうかと思った啓祐を佐伯が咎める。

「茶を飲んだあとにビールなんて勘弁してくれよ。」


そういうと佐伯は、ビールを寄越せと云わんばかりに
啓祐に右手を差し出した。

「・・ほんとに、飲むのか?」
「おまえも飲めよ。」
「・・・俺は・・いいよ。」
「相変わらず、お堅いねぇ。」


佐伯が鼻先でふふん・・と笑ったことに
啓祐の胸の奥が小さくざわめく。


それはあの日の美佳を思い起こさせた。
煙草の煙に噎せた自分を、可笑しそうに笑った美佳。


啓祐は冷蔵庫から2本の缶ビールを取り出すと
「一本、貰うぞ。」と佐伯に言った。


佐伯はそれを苦笑しつつ眺めていたが
リビングのソファにどっかりと腰を下ろすと
黙ってビールを飲み始めた。

幾分痩せたように見える横顔だった。



「おまえ、きったねーな。この鞄。」

リビングのソファに置いた啓祐の鞄を脇へと退かしながら
佐伯が呟いた。

「鞄、他にないのかよ。」
「・・ないよ。」
「鞄ぐらい買えよ。これ、中学の時からずっとだろ。」
「別に・・必要ないし。使い勝手はいいし。気に入ってるし。」
「これがぁ?もうボロボロだぜ、ここなんか破れてるし。」
「いいんだよ。まだまだ使える。」


それは、中学の入学時に母親に買ってもらった鞄だった。
使い勝手は確かに悪くは無かったが、
それほど気に入っているわけではない。
しかしそれしか持っていない彼は、何処へ出かけるにも
その鞄を持って出た。

新しい鞄が欲しいと思ったこともあった。
けれど、一人で鞄屋に行く勇気がなかった。
かといって、高校生になってまで母親と買物にでかけるのも恥ずかしかった。

いつか佐伯にでも付き合ってもらって
一緒に買いに行こうかと思っていた矢先に
突然佐伯から鞄のことを持ち出され、
啓祐はつい心と反対のことを言ってしまった。




初めてビールに口をつけた啓祐は思わず顔を顰める。
(苦い・・) そう思った。
しかしそれを言葉にすれば、また佐伯が愉快そうに笑うだろう。

啓祐は無理矢理に喉の奥へと琥珀の液体を流し込んだ。



「おいおい・・そんな一気に飲んで大丈夫かよ?」


啓祐の飲みっぷりに佐伯は思わず声をかける。


「・・平気だよ。」
「ならいいけどさ。無理して急性アルコール中毒とかゴメンだからな。」


大人はこんなまずい飲み物を上手そうに飲んでいるのか、と
内心啓祐は思った。
しかし、目の前の佐伯は、実にうまそうにビールを飲んだ。
啓祐がコップに半分のビールを飲むのに四苦八苦している間に
彼はもう、2本めの缶ビールを冷蔵庫から取り出し
プルトップを引き抜いたところだった。



「近況はいかがですか?」

佐伯はやけに他人行儀に、啓祐にそう尋ねた。


「・・別に。毎日なんてことないよ。」
「そか。」
「・・佐伯はどうなんだよ。」
「俺か。」
「学校にも出てこないまんま、夏休みに入っちゃったしさ。
 風邪、こじらせてたのか・・?」


事情聴取のことを訊いてみたかったが、
それは美佳との約束で訊くことはできなかった。

美佳は誰にも言わないことを前提に、啓祐に佐伯のことを話したのだ。



「風邪・・・な。酷かったねぇ。」
「・・・そうなんだ。」
「夏風邪というのは、タチが悪いからな。」
「・・うん。」




カレーの出来上がりを告げる電子レンジのチンという音が
リビングに響いた。

今夜の啓祐の夕飯だった。

幸い、炊飯器に米は炊かれていて
啓祐はそれを器に盛ると、レトルトのカレーをゆっくりとかけた。


「ごめん、俺、飯食うけど・・おまえ、どうする?」
「飯って・・それか?」
「うん。」
「俺はいいよ。スナック菓子でも食ってる。」
「そっか。」
「家族の人は、どっか行ってんの?」
「なんか急に誰か死んだらしくて、通夜に行ったよ。」
「へぇ・・」



佐伯が黙り込んだことで、啓祐も黙り込んでしまった。


“死”という言葉が、隣町の女子高生の水死体を思い浮かばせる。


殺されたその女子高生と佐伯が付き合っていたと美佳は言った。
そして佐伯は殺人容疑をかけられているのか、
警察の事情聴取を受けたらしいことも。

啓祐は、その真相を、佐伯自身に問いただしてみたい衝動に駆られる。

その衝動は、美佳の細い指が自分の小指に絡められた
あの時の気持ちにどこか似ていた。

抑えきれない― と、いう点で。




目の前の景色がぐらりと急に奇妙に歪んだ気がして
啓祐はハッとする。

酔ったのだ。

しかし“酔う”ということが初体験の彼にとり
この奇妙な感覚に、なんともいえない至福感を味わう。

心の奥底で、別にいいじゃないかと誰かが囁いた。
美佳から聞いたのだと言わなければいい。
自分は何処かで偶然そういう噂を耳にしたのだ、と。



「おまえ・・小島美佳にどんな手紙貰ったんだ・・?」

ふいに佐伯が口を開いた。
啓祐の心臓が激しくドキリと音を立てる。

まるで美佳が自分の感情を見透かして
佐伯を使って牽制したかのようだと思った。


「どんな・・って。別にたいした手紙じゃないよ。」
「ラブレターだったんだろ?」
「・・違うよ、そんなんじゃないよ。」


そう否定してしまってから、啓祐は(しまった)と思った。
ラブレターであることにしておけば
その内容を事細かに説明する必要もなかっただろうと思ったのだ。

ラブレターでないとすれば、
何故わざわざ、小島美佳が啓祐に手紙を渡す必要があったのか、と
佐伯は思うだろう。

事実、その通りになった。



「ラブレター以外の手紙ってなんだよ?」





啓祐は黙り込んでしまった。
この手の会話の流れに慣れていない啓祐には
咄嗟に嘘をつくことも、ごまかすこともできなかったのだ。

沈黙は奇妙な間となり、2人を膜のように包み込んだ。


「別に・・・」
「別に、なんだよ?」
「・・・・・。」


まるで刑事のように執拗に佐伯は啓祐を追い詰めた。
それは数日前の取調室での自分の様子を再現でもしているかのように
やたらリアルな印象を啓祐に与え

彼は、疚しいところは別に何もないはずなのに
佐伯に対して、実に疚しいことをしているかのような気持ちになった。



「須藤。」
「ほんとに、なにもないよ。たいした手紙じゃなかったんだ。」




佐伯は訝しげな目を散々に啓祐に向けた後
「そっか」と小さく呟いた。

ポケットから煙草を取り出して火を点けた。

あの日の、高級そうなライターではなかった。



飲み終えたビール缶を灰皿代わりにして、灰を落としたあと
天井へと昇る煙にゆっくりと目をやる佐伯の姿を
啓祐は何処かで見たようなと思い、
それが美佳の煙草を吸う仕草にとてもよく似ていることに気づく。


喩えようのない苦い感情が啓祐の心を占めた。



突然掻きこむようにしてカレーを平らげる啓祐を
佐伯は唖然とした顔で見ている。

よっぽど腹が減っているとでも思ったのだろう。
スナック菓子をもう一袋あけると、啓祐の前に置いた。






「つきのうらがわ」 









佐伯が呟いた。





啓祐は忙しく口に運んでいたスプーンを持つ手を思わず止めてしまう。



佐伯はそんな啓祐の一瞬を見逃さず、笑っていった。

「おまえほど、分かりやすいヤツはいないよ。」





啓祐は顔を上げた。








「警察に呼ばれてた。」

佐伯は淡々と話し出した。

「殺された子と係わりのあったヤツには
全員声をかけているという説明だった。
でも、明らかに犯人扱いする取調官もいたからな。
疑われているんだってのは、バカでも分かる。」

「・・佐伯。」

「初めて訊いたって感じの顔じゃないぜ、おまえ。」

「・・。」

「誰に訊いた?小島美佳か?」

「・・違うよ。」

「ふん。アイツしか考えられないよ。」

「違うってば!小島さんじゃないよ。」

「アイツの親は刑事なんだよ。
 ま、親っていっても戸籍上は親じゃないけどさ。」

「・・え?」

「あ、その話は知らないのか。へぇ。」






初耳だった。
いや、その言葉は相応しくないかもしれない。

啓祐が知り得る美佳の情報なんて、
ほんのひとかけらに過ぎないものだろうと思ったからだ。

自分は“小島美佳”のことを、何も知らない。
ほんの少し時間を共に過ごしただけだ。
ほんの少しだけ、彼女の秘密めいた日常を覗き見ただけだ。

それも秘密であるのかどうかすらよく分からない。
自分だけが知らなかっただけで、それは周知の事実として
目の前で煙草を吸う佐伯は、とうに把握していることなのかもしれない。





「俺はオマエを何処まで信用していいんだ?」

佐伯は、啓祐の顔を真正面から見据え、そう訊いた。

「信用って・・」
「小島とはどのあたりまで関係が進んでんだって話。」
「かっ・・関係ってなんだよ!」
「・・・その様子じゃ、まるで何もないって感じだな。」

佐伯はバカバカしいと言った顔で立ち上がると
冷蔵庫から最後の缶ビールを持ってきた。


「飲む?・・って、まだ残ってるか。」
「・・・。」
「無理はすんなよ。うまくもないもん無理して飲むなら
 俺にくれよ。」

屈辱が啓祐の心で金切り声をあげていた。
それは四方の壁に跳ね返りわんわんと反響しただけで
いつか啓祐の心へと塊となって返るだけだ。


「俺の話が小島に筒抜けになると困るからな。
 でも肝心な部分だけはちゃんと言っておく。
 俺はあの子を殺したりしていない。殺すわけがない。」

佐伯は啓祐を睨みつけた。
その目が潤んでいることに気づいた啓祐は
慌てて目を逸らした。

佐伯は懸命に涙を堪えているのだ。



「死ぬほど好きだった子だ。殺すわけがないだろ・・」











「彼女が殺される数週間前から
俺の家にも、彼女の家にも、ひっきりなしに無言電話があった。
家の電話だけじゃない。携帯にもかかってきた。
無視しつづけていたら、そのうちおさまったけど
彼女が殺される一日前に・・」


佐伯はじっと啓祐の顔を見ている。



「・・一日前に・・?」



沈黙に耐え切れず啓祐が発した言葉を遮るように佐伯は言った。

「その前に、小島がおまえに渡した手紙を見せろ。」
「・・え?」
「もう捨てたのか?」
「・・なんで。」
「もう捨てたのかって訊いてるんだ。」
「・・どっちにしたって、見せる必要なんかないだろ。」
「ある」
「え?」
「おまえに渡した小島の手紙次第では・・
 いいから見せろって言ってんだ!」
「やだよ!」



バン・・!と大きな音が部屋中に響いた。

テーブルの上から飛び上がったビール缶が
コロコロと転がり落ち、床に零れだす。

佐伯が思いっきりテーブルを叩いたのだ。










「・・じゃあ、見せなくてもいい。」
「・・佐伯。どうしたんだよ。」

「・・血文字。」


啓祐はドキリとした。


佐伯は啓祐の顔をじっと見ている。

「やっぱりな・・」 と、彼は言った。

「つきのうらがわ 血文字 それで充分だ。」






部屋を出て行った佐伯を、啓祐は本能的に追った。

「佐伯!」


佐伯は立ち止まらずに玄関へと向かう。


「待てよ、佐伯・・!」

靴を履きドアを開けた佐伯を啓祐はもう一度呼び止めた。



振り返った佐伯の眼が啓祐の眼球を刺すように冷たく光る。

佐伯は泣いていた。


「・・俺は殺していない。殺してなんかいない。」
「おまえが殺したなんて、思ってないよ。」
「じゃ、なんで手紙を見せないんだ。」
「手紙とそれとなんの関係があるんだよ。」
「見せたら教えてやる。」
「・・・。」

沈黙する啓祐の様子に、佐伯はため息をつき背を向けた。


「どうせ小島と約束でもしたんだろ?指きりでもして。」



その言葉に、啓祐の頬がカッと熱くなる。


衝動が、理性を超えた。


「見せてやるよ、手紙ぐらい。」








薄く開いた玄関ドアの隙間から
消防車のサイレンの音が覗き込むように飛び込んできた。

一瞬それが、美佳の悲鳴であるように啓祐には聴こえたが
佐伯がパタリとドアを閉める音でそれは途絶えた。


啓祐と佐伯は黙ってリビングへと戻った。



啓祐は、鞄の中からところどころ破れた封筒を取り出すと
佐伯に手渡した。


何を恐れているのだろう、と ふと思った。
自分の指が、小刻みに震えていたからだ。































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