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19:35:51 | | page top↑
消息
2006 / 07 / 15 ( Sat )
 
俄かに空が曇り、大粒の雨が横殴りにアスファルトへと落ちる。
喫茶店の窓硝子に無数の水滴が散らばるのを、
冷めた珈琲を啜りながらぼんやりと眺めていた。

遠く西の空までも、灰鼠色にどんよりと低い雲に覆われているから
暫くはこの雨も止むことはないだろう。

読みかけていた本の頁に挟んでいた栞が
床にはらりと落ちてしまい、何処までを読んだのか
確認しつつ頁を繰る。少し億劫な気持ちになる。


彼女のことを思い出していた。



3両目の電車。凭れ掛かるように窓辺へと立ち
陽光に眩しく反射する頁を庇うように傾けながら
ひたすら文字を追っていた彼女は、

あの夏の日を境にして、忽然と姿を消した。



ホームの端に佇んで、
去った電車を切なそうに眺めていたのを
数人が目撃している。

恋人が乗っていたのか。
想い人が乗っていたのか。
肉親か、それとも―


様々な憶測が飛び交う中、どれもが噂としてやがて静かに沈み
残された記憶だけが哀しいほどに、心に残った。



そう、きっと、多分、好きだったんだ。



くっきりと映し出された等身大の彼女の残像を
夢の中で、飽きるほど、繰り返し抱きしめる。


けれど、彼女はもういない。
現実の生活の、僕の見る風景の何処にもいない。


彼女が頁に落とした視線が、ほんの僅か
過ぎる車窓の風景の、ある場所に釘付けになる瞬間があった。

視線の先、なにを捉えているのか、僕は長い間分からなかった。


それが小さな駄菓子屋の看板であると知ったのは
つい数日前のこと。


店はシャッターが下りていて、雨に濡れ、滲んだ文字が
かろうじて閉店の知らせを伝えていた。



店主は、夜逃げ同然に消えたそうだ。
消息を知る文房具屋のおばさんの物憂げな顔。

重い唇を開き、発しかけた言葉を遮るように犬が吼え
客が来て、それきりとなり、

心にすっと走った嫌な痛みが、コールタールの紫紺に溶けて
それを夏の日差しがジリジリと焼き尽くす勢いだった。




臨時バスが出る。




雨の去った街に夏の日差しが戻り
待ち侘びたように蝉がワサリと啼き出した。

クマゼミの降り注ぐような合唱を頭上から浴びながら
僕は長い坂道を登っていく。


あの角を曲がれば、公園があり
彼女がよく座っていたベンチがある。


たった一度、たった一言だけ
偶然が齎してくれた、奇跡的な言の葉を


今も時々思い出しては、時計の針を逆に回して
物思いに耽るんだ。







君は多分、もう、この世界の何処にもいない。









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